Bicycle−つれづれなること

ぶつかる

(10)飛び出る

私が京都のある大学を受験した帰り,友人とともに散策していたところ,広沢池あたりであったろうか,民家の塀にあった一枚の看板が目に留まった。そこには「危ない 子どもが飛び出る」と書かれていた。

「飛び出す」のではなく「飛び出る」としたところに感心したのを覚えている。

一般的な表現である「飛び出す」は,その行動主体である「子ども」の立場や意志,必然性などを含めたものであるのにたいし,「飛び出る」では,かかる現象的情況のみを問題としたものであると理解できる。 ドライバーにとっては,子どもが脇道や路地から突如として現れるという現象的情況,すなわち「飛び出る」ことが問題なのであって,その蓋然性について思いを致し,注意する必要はあるが,その背後にある子どもの立場や意志,必然性などは問題でもなければ,あらかじめ知ることもできないし,それを注意の対象にもできない。もっともわざと車にぶつかるために「飛び出す」子どももまずいないだろうが。

こうした予測不可能な加害可能性にたいする注意喚起として,かかる現象的情況を的確に表現した「飛び出る」は,秀逸ではないだろうか。

*  *  *

「飛び出る」ことに注意すべきなのは車だけではない。歩行者も自転車もまた然りだ。自らの進路に突如として割り込み遮る存在によって危険にさらされる可能性がある一方,相手にはかかる意識がないのだ。

このところ毎朝仕事のため自転車で都心方面に行っている。梅雨の真っ最中であっても同じだ。そうした中,2005年7月4日,文京区目白台の住宅街の細い道路を走っていたところ,このような道路を走るにしてはかなりスピードを出していたタクシーが,脇道からまさに飛び出てきた。

「あっ」と声を出したところで何にもならない。しかも雨の中ゆえブレーキの効きも悪い。正面衝突という最悪の事態だけは避けようとハンドルを切ったところで,タクシーの真正面で,その下にやや潜り込む形で転倒した。地面に突いた右手の擦り傷はともかくとして,予期せず“軸足”としての役割を果たすことを強いられた右足首をひねって捻挫,痛みのため暫く立ち上がれない状態になってしまった。

合羽上下を着ていたので,雨に濡れっぱなしにこそならなかったが,運転手に引き上げられ,間もなくやってきた救急車に乗せられた。また,現場が文京区であったことから,管轄する大塚警察署が近く,警官の到着も早かった。かくして人身事故として扱われることになった。

運ばれた先は,明治通りと新目白通りが交差する近くの神田川沿いの病院だ。レントゲンを撮られ湿布などの処置を施された後,全治10日との診断書を出され,翌日整形外科の専門医が来るから再度来るようにと言われた。

雨の中徒歩で帰宅し,午後大塚警察署で事情聴取を受けた後,地下鉄で仕事に向かった。車内で立っているよりも,駅に通じる階段の上り下りが辛かった。夕方,帰宅するとタクシー会社の事故担当者と運転手が見舞いに訪れた。ある程度の規模の会社らしく,それなりの対応はしてくれるだろうとの印象を受けた。ちなみにタクシー会社は東都自動車で,都内でいくつかの営業所を持ち,同社のタクシーの車体はベージュである。

翌日,仕事にいく前に病院へ。階段の上り下りが辛いので自転車で行く。整形外科医から,全治3週間とされ,足首にバンドを巻いて固定され,走らぬようにといわれたが,自転車については特に触れられなかった。体重をかけたり,地面からの衝撃を受けたりしない分,自転車の方が歩くよりも負担が少なくていいのだ。もっとも普段よりいくらかスピードを落とし,時間を余計にかけることになったが。

また病院にいる間,高田馬場近くのサイクルショップで自転車の点検の調整を依頼。

屋内での徒歩移動が多いものの,走る必要がないのが幸いし,仕事への支障はさほどなかったが,痛みは残る。かといって通院のために仕事を休むわけにいかず,土曜日まで我慢して三たび病院へ。無愛想な女医は,ほとんどカルテを眺めるだけで,症状をあまりよく見ないまま,看護婦に湿布を貼り替え,再びバンドを巻かせただけだった。これでは何のために時間と労力を割いて病院に来たのか判らない。

翌週,時折痛みが気になったので,仕事にいく前に病院に寄る。医師が言うには本来なら毎日通院すべきところとのことだが,都合がつかないので,痛みやその後の快復展望が気になるときに行く結果になり,結局そのまた次の週の火曜日までお世話になり,結局足かけ3週間を要した。こういうものは外傷などと違って快復情況が見えるわけではないので,痛みの些細な変化だけでも気がかりになり,不安感が生じる。また,痛みがなくなっても,長期間にわたって固定されていたため,柔軟な動きがしにくかったりする。

病院での治療を終えた後,その旨をタクシー会社に連絡。病院から請求書等が送られてきてから慰謝料等の対応をするとのことであった。その具体的連絡が来たのはさらに半月余り経ってからだった

(2005.8.15)

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