Bicycle−つれづれなること

ぶつかる

(8)Remember「常在戦場(常に戦場にあり)」

先頃内閣改造を行った小泉純一郎首相が,就任当初の所信表明演説で「米百俵」の精神なるものを説いたことはまだ記憶に新しいところだろう。戊辰戦争で幕府側について敗れ,窮地に陥ったところに送られた百俵の米を,人々に分配するのではなく,これを元手に学校を起こし人材育成と将来の発展のために使ったというものだった。

実はそれ以前にこの物語の舞台になった越後長岡・牧野藩が代々受け継いできた家訓は「常在戦場(常に戦場にあり)」だった。関ヶ原以降合戦のない太平の世の中にあっても,戦場にあるのと同じ緊張感を忘れず持ち続けることを,全藩士に要求してきたのであった。

9月いっぱいの間,西新宿までの自転車通勤をしなければならなかった。明治通りを南下して新宿方面に向かうコースだ。新宿付近で靖国通りを通り,大ガードでJRを渡って青梅街道に出るというコースでは,車道・歩道とも混雑を避けられないので,その北側の職安通りを通るコースをとった。こちらは交通量も少なく,途中の抜け道とも相まって,道のり・所要時間ともかなりの短縮に成功した。おかげで従来なら遅刻するかもしれないくらいに出発が遅れても,途中スピードを出せるところで出し,車の間をすり抜けるなどして,頑張れば何とか間に合って到着できるようになっていた。

そうした走り方に慣れた9月24日の朝,職安通りの北側を並行する大久保通りとの交差点に近づいていたところで,歩道から車道に出ようとしたところ,後ろから走ってきたバイク(といっても50ccのいわゆる「原チャリ」だが)に接触。あろうことにか,この原チャリに乗ったヤカラは,罵声を浴びせかけ,私の自転車の後輪を踏みつけた上で走り去った。運悪く,大久保通りとクロスする交差点の信号は青だった。この現場は以前,旧・愛車(1985-99年)がゴミ収集車と接触したところのすぐそばであった。

この時期は秋の交通安全運動ということで,いつもより路上に立つ警察官の数も多い。この交差点,すなわちこの接触現場から100m程のところにも警官が立っていたが,彼は目の前を堂々と逃走した道路交通法違反の現行犯に対して,何らの反応も示さなかった。また,朝まだ早い時間とあって,交差点の隅に設置された監視テントの中に人はいなかった。

春と秋の「交通安全運動」といっても,所詮は大衆動員の官製運動であって,個々の人車の交通安全を保障するものでは全くない。普段より車や人の流れが滞り,移動の所要時間が長くなる分,運転者の集中力が低下したり,ストレスが溜まったりするという負の作用も増大する。それを取り返そうとすれば自他にとっての危険も増大する。新たな交通戦争が生み出されることになる。

もっともそれ以前に,通勤など仕事のためである場合はもちろん,そうでなくとも大概の場合,道路に出ること自体,何らかの形で生活がかかったものであるといえる。ということは,様々なファクターとのせめぎ合いの中で自らの移動の目的を闘いとる必要性があるわけで,それ自体がすでに交通戦争なのである。すなわち「常在戦場(常に戦場にあり)」との気持ちで臨まねばならないということだ。

私は車道に出る際一旦停止していたがそれでもやられた,などといってみても始まらない。これはあくまでこの場合の過失割合が,私にない,もしくは少ないということを示すものであっても,それ以上のものではない。「常在戦場(常に戦場にあり)」との気持ちが欠けていたことが問題だったわけだ。

*   *   *

遅れを取り戻すべく,職安通りをとばしていたら,何やら違和感のある走りをしていることに気づいた。ふと見ると先程のヤカラに踏まれた後輪が歪み波打っていた。そのまま出勤し,昼休みに近くの新宿中央公園に行き後輪を外して歪みを直そうと試みたがうまくいかなかった。何とかブレーキに当たらない程度にはなったので,この日はそれで帰ることが出来た。歪みのある状態というのは,不安定なだけでなく,力が直進するのに使われず分散して逃げているものであることが解る。

日が暮れる頃,東池袋のGalaxyに行き,なるべく急いで修理してくれるよう依頼。後輪を改めて組まなければならないという。もとから付いていたよりかなり高額なMavicのリム(Made in Franceらしくというかロードレーサー用の流用と思しきスマートなものだが,値段の分(?)丈夫な構造にはなっている)に加えて,作業時間短縮のためハブも購入して欲しいといわれたが,手持ちの部品だけでは間に合わず,翌日改めて店に行くはめになった。

行ってみると,系列店から取り寄せた部品は揃っていて早速作業開始となったが,タイヤが減っていたのでついでに交換した方がいいですよといわれたが,その店員が持ってきたタイヤが,今まで私が使ってきたSpecialized Nimbus-EXではなく,今流行のPanaracer製ツーキニストだったので交換せず,今のものを使いつぶすことにした。Nimbus-EXは丈夫な代わりに重いので,時折軽いタイヤにしたいと思うことがある。そういうときはPanaracerよりも三ツ星ベルト製品の方がいいかなと思ったりもするが,後輪の場合には特に,丈夫さとそれがもたらす安心感は何物にも代え難いものがあるので,結局そのままにしてきた。

かくして快適な走りが戻ってきたが,「常在戦場(常に戦場にあり)」を忘れた代価は,予想を遙かに上回った。

(2002.10.1)

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